授業レポート
集中講義「横断術(社会と臨床)」〜Peers:当事者どうしの対話を学ぶ
COデザインセンター開講科目<横断術>
2019年11月2日(土)、9日(土)、10日(日)の三日間にわたり、「横断術」として提供する授業「横断術(社会と臨床)」が行われました。
この授業は、COデザインセンター・人間科学研究科共同開講授業・社会人、他大学大学院生向け公開講座として開講されました。
現在、さまざまな生きづらさを抱える人たちの支援においては、専門家による支援をおぎなうものとして、当事者どうしだから分かり合える、支え合えることがあるとして、ピアサポートグループや当事者研究、自助グループなど、問題や苦労の当事者どうしの対話活動が注目を集めています。
この授業では、病気や障がい、精神障がい、DVサバイバーの女性など、生きづらさを抱えるひとへの支援やケア、回復の場で行われている「当事者どうしの対話活動」について、それぞれの問題や当事者が置かれている状況・社会背景を理解しつつ、その対話や運営方法の特徴や意味について考えました。
また、こうした当事者の対話や支え合いの活動に医療や支援の専門家はどのように関わればよいのか、そもそも「当事者」とは誰のことなのか、対話とは何をすることなのか、などの問いについても参加者で話し合いながら、対話を通じた当事者のエンパワーメントについて考えていきました。
授業概要
テーマごとに、講義と該当領域でのグループ対話の方法を体験するグループワーク、または、方法論やそれを支える理念などについて考察する対話型のワークを行いました。
- 担当
高橋 綾(大阪大学COデザインセンター):臨床哲学の観点から、がん患者のピアサポートグループ、女性支援の現場での対話を実践、研究している
山森 裕毅(大阪大学COデザインセンター):精神障がいによりいろいろな苦労をしている人の当事者研究や対話活動に取り組む
ほんま なほ(大阪大学COデザインセンター):哲学相談、フェミニズム、クィア研究などの観点から対話やエンパワメントに取り組む
平井 啓(大阪大学人間科学研究科)
村上 靖彦(大阪大学人間科学研究科) - 開催場所:大阪大学人間科学研究科 東館304講義室
- 内容:
1日目(11月2日)「当事者どうしの対話、当事者の活動と専門家の関わりについて概観する」
当事者どうしの活動、対話について(レクチャー)
対話(Scol)を体験する(グループワーク)
ピアサポートグループについて、専門家と当事者の関係(グループワーク、レクチャー)
当事者どうしの活動について(レクチャー)
グループワーク
2日目(11月9日)「当事者どうしの対話の難しい点について知る。『当事者』『ピア』とはどういう人のことか、について考える。」
当事者どうしの対話の難しい点について、当事者どうしの対話は何を目指すのか(レクチャー)
「当事者」「ピア」ってどういう人のこと?(グループワーク)
アノニマスグループについて
べてるの家の当事者研究について
ふりかえり
3日目(11月10日)「当事者どうしの対話の目指すものは何かを考える」
子育て支援とグループ対話/DVサバイバー女性たちの回復のためのサポートグループでのプログラム(レクチャー)
言葉をとりもどすためのワークを体験する(グループワーク)
当事者どうしの対話のめざすものとは?(グループワーク)
自分が関わってみたい、やってみたい当事者どうしの対話について考える(グループワーク)
まとめ、ふりかえり
1日目:11月2日
1日目は、自己紹介からスタートしました。
次に、受講生のみなさんは3つのグループにわかれ、「セーフな対話の場を体験する〜コミュニティを開く」グループワークに取り組みました。
このワークは、高橋先生、ほんま先生がこどもとの哲学対話のなかで行っているものです。
私たちが誰かと大事な話をしようと思えるためには、その場に自分がいてもいいと感じられる場であり、自分の表現が受け止められる場であることがまず重要です。
当事者どうしの対話では、「他のひとの話を否定せず、共感的に、肯定的に聴く」ということは大原則です。「聴く側」と「聴かれる側」が固定している関係ではなく、互いに聴き合い、語り合うという相互性が成立することを目指します。
このワークのなかでは、この3日間をとおしてグループワークで使う毛糸のボールをつくりました。
ひとりひとりが少しずつ巻き取った毛糸を束ねて結び、
切って開きます。
できあがったカラフルな毛糸のボールを見て、思わず笑顔になる受講生のみなさん。
この授業のグループワークでは、話す側になったひとがこのボールを持ち、次に話すひとにボールを渡すことで対話をすすめていきます。
役割や立場を離れて、対等な人間どうしとして出会い、つながり(コミュニティ)を形成するために、必要なことは何か?
自分や相手が そのひとらしく いられる場所とはどのような場か?
受講生のみなさんは、このグループワークをとおし、考えはじめているようでした。
2日目:11月9日
二日目は、受講生それぞれが企画した「当事者(ピア)のグループ」「当事者どうしの対話」を持ちより、考えていきました。
高橋先生は、以下のようにお話されました。
「『当事者どうしの対話』をしようとすると、それほど簡単にできることではないと気づくと思います。なにかについて当事者を集めたからといって、すぐに対話が成立するかというと、そういうわけではありません。
まず、対話の形をどのようなものにするかについて検討する必要があります。対話に参加するひとたちがどのような困難に直面しているか、どのような気持ちで参加しているのかによって、さまざまな対話の形が考えられます。その当事者のコミュニティの文化や主催者の個性も関係します。」
「また、実際にピアグループの進行役をしてみると、さまざまな困りごとが出てきます。
例えば、ピアグループの中で力の不均衡が生じるということが、よくあります。発言力が強いメンバーが出てきてしまい、対等な関係でなくなってしまうのです。年配の方が『私が教えてあげよう』と若い方にアドバイスして、アドバイスされた側がそれで傷つくというようなことは、よく起こります。」
「医療職や介護職のような援助職の方は、『ひとを助けたい』という意識が良い意味で強いです。一方、助けすぎるということが当事者の『自助』を奪ってしまう場合もあります。べてるの家での当事者研究では『他人の苦労を奪わない』という言葉があります。ピアグループの運営において、専門家が何をするのか、そして、何をしないのかを、あらかじめ整理しておくことも必要です。
一方、対話をすすめるうちに、専門職でないと対応できない大きな問題が出てくる場合もあります。ピアグループでできることには限界がありますが、ピアグループにおいて医療などの専門職にかかるべきひとを見つける、ということも非常に重要なことです。」
「ピアグループに参加するひとの状態や気持ちは様々です。自分の経験を言葉にするのに時間がかかる場合もあります。そういうひとには、自分の経験と言葉とのつながりを回復させるワークが必要かもしれません。
医療機関や支援機関に紹介されて、義務的にピアグループに参加するひともいます。そもそも自分が当事者だと思っていないひともいます。ある経験をしているからといって、そのひとが必ずしも当事者という意識をもっているかというと、そういうわけではないのですね。私はこのグループに入るべきなのか?と、しばらく考えるひともいます。
ある経験をしている、ということだけでなく、自分自身がその当事者であると『自分のものとしてひきうける』『自分のものとしてその苦労を生きる』ということが非常に重要です。当事者性が薄いということは必ずしも悪いことではないのですが、そういうひとたちはピアグループの対話に参加するのに時間がかかります。誰がその経験を自分のものとしてひきうけているか、誰がひきうけていないか、誰がその途中かということを見極めながらピアグループを運営していくことが大切です。」
受講生たちは、どのようなピアグループを企画したいか、なぜそう考えたか、ひとりひとり発表しました。それぞれの専門にもとづき、現在すでに関わっている、もしくは、自分の職場に関係があるピアグループを考えた受講生が多かったようです。
高橋先生、ほんま先生、山森先生は、受講生それぞれの発表に耳を傾け、質問をしながら問題関心の深掘りや、整理を行いました。
3日目:11月10日
三日目も、レクチャーに続き、受講生それぞれが企画したピアグループについて考えるというワークが行われました。
ほんま先生から、以下のような問いかけがありました。
「言語に頼り過ぎない対話の場、ということを考えることも大切だと思います。たとえば、横にならんで料理をしながらいっしょに手を動かす、ということが大きな意味をもつことがあります。また、困りごとをもっているひとが集まったとき、その困りごとそのものについてみんなで話すのが必ずしも良いわけではない、という場合もあります。」
それを受けて、受講生からは
「共通の趣味について集まって話をしたり、当事者の家族も一緒に活動をしたりするなかで、困りごとについてもポロポロと出てくるような場がいいのではないか。」
「困っていることについて直接的に話すと、むしろ辛さが増す可能性もある。専門職がそばにいる状態をつくることが大切なのではないか。」
という意見がありました。
ほんま先生は続けます。
「ピアグループは『あなたもわたしと似たような経験をしているんだ』という安心感があります。マイノリティの経験というのは『ないこと』にされていますが、ピアグループではないことにしなくていいのです。しかし、ではその場でその状況を見つめ直さなければいけないか、というと、そういうわけではありません。ないふりをしなくてもいい。かといって、それについていつも語らなくていい。でも一緒に考えることができる、という前提は、さまざまなピアグループに共通なものとしてあると思います。」
高橋先生も言います。
「問題や生きづらさがあったとき、その解決のための最短の近道を行くのではなく、『おもしろい回り道』を見つけていくことが大切なのではないでしょうか。当事者も最短の近道を行くことができるならそうしたいでしょうが、それができなくて困っているのではないかと思います。当事者どうしの対話は(問題解決の)一番の近道ではない、と思います。しかし、近道ではないメリットもあります。回り道をほかの人と一緒に歩いて楽しめる、みんなで話しながらそれぞれの人が生きづらさとつきあっていく方法が見つかる、ということです。私自身も、対話においておもしろい回り道を工夫するということを考えたいと思っています。」
授業の最後に、全員で振り返りを行いました。
受講生のみなさんからは、いろいろな感想が聞こえてきました。
「この授業に参加して、新たな発見がありました。特に、私はどうしても形から入ろうとしてしまうところがあるのですが、本質は何なのか、そのひとたちにどうなってもらいたいのか、ということを考えることが大切だということを改めて感じました。」
「相手のことをわかったつもりになっちゃいけない、と思いました。わからないままお付き合いしたり、教えてもらったり、という関係が大切だと思いました。」
「私はこういった取り組みをやりたいと考えているのですが、私のまわりにはやりたいというひとがいません。今回授業に参加して、私と同じようにやりたいと考えているひとの話を聞くことができました。そして、私はこういうことをやりたいと話すことができました。すごく楽しかったですし、リラックスして授業に参加することができました。」
「仕事における自分の思考やものごとの捉え方を、いつもとは別の方向から見ることができました。」
「社会人、大学院生と、さまざまなバックグラウンドをもつひとたちと一緒に話すことの意義を感じました。自分自身にはあまり現場の経験はないのですが、この場でみなさんに受け入れてもらえてうれしかったです。」
「この場がセーフティな場そのものであることを実感しながら、グループワークに参加することができました。」
受講生のみなさんの表情は、どれもとても充実したものでした。
以上
(書き手:森川優子 COデザインセンター特任研究員)