授業「ソーシャルイノーべション:コンセプト編、ツール編、実践編」
受講生インタビュー(大木有さん)
「協働術」を極める
COデザインセンターでは、「ひとびとの<つながり>を生み出す7つの術」にもとづいてさまざまな授業が展開されています。
今回お話を伺った大木さんは、「特殊講義(ソーシャルイノベーション:ツール編)」、「ソーシャルイノベーションC(実践編)」など、「協働術 (Art of Collaboration)」の授業を集中的に受講したとのこと。そこには大木さんのどのような意志があったのでしょうか。お話を伺いました。
大木 有さん(工学部 地球総合工学科 船舶海洋工学コース4年生)
受講した授業
・特殊講義(ソーシャルイノベーション: コンセプト編)(春学期)
・特殊講義(ソーシャルイノベーション: ツール編)(夏学期)
・ソーシャルイノベーションC(実践編)(秋~冬学期)(※)リンク先は2019年度シラバス
-大木さんがこれらの授業を受講しようと思ったきっかけを教えてください。
せっかく大阪大学という総合大学にいるのだから、この環境を最大限に生かしたかったのです。ですから、おもしろそうな授業があったらなるべくたくさん取ろうと思っていました。
また、僕は2018年2月にNPO団体VIA(Volunteers in Asia)によるアメリカ・サンフランシスコ短期海外教育プログラム(※)に参加しました。そこで、ソーシャル・イノベーションに関するさまざまな活動を行いました。
(※)VIAによる短期海外教育プログラム:アメリカのシリコンバレーなどで最先端のソーシャル・イノベーションに触れたり、スタンフォード大学などでデザイン思考のワークショップを体験したりできる短期海外教育プログラム。大木さんが参加したのはExploring Social Innovation (ESI)プログラム。
COデザインセンターと共催で、学内で説明会も行なっています。(2018年度の説明会の内容はこちら)
今も忘れられないプログラム中の出来事があります。ホームレスの方々に食事を提供するというボランティアに参加したのですが、僕はまず何よりもホームレスの方々の生気が失われているような表情にショックを受けました。僕は「なぜこのようなひとたちを生み出してしまうのだろう」と強く感じました。しかし、自分が同じように暗い顔をしていても何もならない、と思い、とにかく目の前の人に笑顔で挨拶をすることだけは心に決めて活動に取り組みました。
2時間ほどの活動だったのですが、たったそれだけの時間だったのに、終わった後、僕は放心状態のようになりました。僕自身、母子家庭に生まれ、奨学金や授業料免除といった支えにより、ここまで勉強し続けることができました。偶然このような環境で生まれ育ったから、チャンスを得ることができた。しかし、世の中にはそうではない人も沢山存在します。だからこそ、僕には社会に貢献する責任がある、と考えるようになりました。VIAのプログラムで社会課題が顕在化する現場を目の当たりにし、自分自身のなかの問題意識がよりはっきりと見えてきたのです。
そのようなとき、シラバスを眺めていて「ソーシャルイノベーション」という授業名が目にとまりました。それが受講のきっかけです。
-授業を実際に受講してみて、どのようなことが印象に残っていますか。
授業で「デザインシンキングはエンパシー(共感)から始まる」ということを学びました。社会課題に注目することにとどまらず、その課題において本当に困っているひとは誰なのか、どのようなことにどれくらい困っているのか、ということを考えるというのが共感です。そこに存在する「ひと」そのものを見る、という考え方をとても興味深く感じました。
授業では、デザインシンキングを用いてさまざまな活動を行います。どの段階においても共感という観点は欠かすことができません。もちろん理論的であるということは必要です。しかしそれだけではなく、僕は「今、自分の考えの根底に共感があるのか」と、自分自身に対して常に問いかけるようになりました。その社会課題において、どういうふうに、どんなひとが困っているのか、ということを理解しようとする姿勢が大切なのです。どれほどよくできた提案であっても、そこに共感がなければ、本当に困っているひとにその提案を受けいれてもらうことはできない、と僕は思います。共感という考え方がそこにあるからこそ、デザインシンキングはおもしろい、と僕は考えています。
-大木さんのなかに変化があったのですね。
はい。学びを深めるにつれ、僕自身の中に「多様なひとびとが含まれるコミュニティだからこそ多様なひとに共感したアイデアが生まれ、そのアイデアによって社会を良くすることができる」という思いが強くなってきました。
僕は授業や、社会課題に触れるさまざまな経験をとおして、ソーシャル・インクルージョン(※)とソーシャル・イノベーションの「つながり」を実感するようになりました。多様な考え方を受け入れるコミュニティだからこそ、包括的な共感が生まれる。そしてそこから、コミュニティに包摂されている多様な人々が協働できるアイデアが生まれる。そう考えるようになったのです。
(※)インクルージョン:COデザインセンターの教育プログラムの基本スタンスとして重要なもののひとつ。立場や境遇のちがいがあっても、だれもがその存在を認められ、問題をともに考えられるようになること。また生じている個々の問題もその根底ではつながっていることを理解し、課題の解決に向け動き出せるようになること。
世の中には、障がいや、経済的理由など、さまざまなことで困っているひとたちがいます。自分自身がそれらを経験していれば何にどのくらい困っているのか理解することができると思います。しかし僕は、自分自身で経験しなくても、困っている人に共感しようとする気持ちを積み重ねていくことで、みんながみんなのためにやさしくできる社会をつくることができる、と思うのです。さらに、そこから共感にあふれたアイデアが次々と産み出されてくる、そんなソーシャル・インクルージョンを超越した世界がみてみたい、と考えるようになりました。
-大木さんの将来の展望について教えてください。
僕は大学院に進学しコミュニティについて研究しようと考えているのですが、その決断にはこれらの学びが影響を与えていると思います。
ソーシャル・インクルージョンを達成するためには、包摂性のあるコミュニティを形成し、そのコミュニティの中で共感に基づいたアイデアを醸成することが必要です。この春に進学する大学院では、コミュニティが形成されるプロセスや、コミュニティにおいて個人や集団がどのように影響を与えあうのかということについて研究したいと考えています。工学部に所属していた僕が、自分の専門であるビックデータ解析を活用し自然科学と社会科学の融合的研究に取り組みます。非常に楽しみです。
博士課程修了後は、大学院での経験を通じて自分の専門や関心に適した場所を選んでいきたいと思っています。国際的な視点を持ちながら、ソーシャル・インクルージョンの実現により共感によるアイデアが生まれてくるコミュニティづくりの取組に関われるようになりたいです。現時点では、国連ハビタット(※)でのコミュニティ形成に関するプロジェクトで働きたいと考えています。そのために大学院での4年目にカリキュラムとして組み込まれている海外インターンシップでは、国連ハビタットでのインターンを希望しています。地域に密着しミクロに課題にアプローチをする方法と、グローバルな視点に立ちシステム全体をとらえるマクロに課題をとらえる方法の両方を経験するようなキャリアパスを思い描いています。
(※)国連ハビタット: https://www.unic.or.jp/info/un_agencies_japan/unhabitat/
所属、担当はインタビュー(2019年1月)時点のもの。
(書き手:森川 優子/大阪大学COデザインセンター特任研究員)