授業レポート
春~夏学期「課題解決ケーススタディ (人と獣が共生可能な地域づくり)」
COデザインセンター開講科目<横断術>
COデザインセンターでは多様な授業が開講されています。
今回は春~夏学期に「横断術」として開講されている「課題解決ケーススタディ (人と獣が共生可能な地域づくり)」(担当:大谷 洋介 COデザインセンター特任講師)の様子をレポートします。
本授業の目的と目標は以下です。
本科目は実社会の中にある複雑で難解な課題のうち「獣害問題」をテーマとし、それまでの授業(システム思考, 課題解決プロジェクト入門 etc.)で培った知識、経験を活かして、問題解決へ向けた方策の策定を試行的に行うものである。
近年、野生動物が農林業被害や人的被害をおよぼす、いわゆる獣害問題が大規模な社会課題となっている。農作物被害だけに注目しても、シカ、イノシシ、サル等を中心に全国で年間229億円(H24年度)の被害が生じており、このような被害拡大は、中山間地域の過疎・高齢化、里山利用の減少、森林の人工林化等、様々な要因が複合的に絡み合った結果とされている。
本科目では問題の現状や既存の取り組みについての文献調査を実施したうえで、被害発生の原因分析や解決方策の提案についての発表を行う。
授業実施日:2018年9月22日(土)、9月23日(日)
野生動物が農林業被害や人的被害をおよぼす、いわゆる獣害問題は、動物を駆除し頭数が減れば被害が減る、といった単純なものではありません。様々な要因が複合的に絡み合っています。
そもそも森や山に動物の食物となるものが少ない場合などには、田畑の周囲で動物を駆除したとしても、森の中から動物がさらに出てきてしまう、という状況も起こり得ます。駆除によってコストがかかる一方で、被害額は期待するほど減少しないということも起こっています。
さらに、獣害問題には、行政、農林業従事者、住民、環境保全団体、動物愛護団体、研究者など、様々な人々が様々な立場で関わっています。学術的知見や調査のみならず、社会学的な観点もふまえて関係者間で合意形成を図る必要があるのです。
獣害問題を解決するためには、何らかの目標を掲げなければ、PDCAサイクルがうまくまわらず、成果を出すのが難しいという課題もあります。よくあるのは動物の生息頭数(何頭駆除するか)というものですが、これは目的ではなく手段で、本来は「どれくらい被害を減らすか」「住民が認識する被害レベルをどの程度まで減らすか」といったことが目標値となるべきです。しかし被害の実態把握やどの程度までの被害なら許容できるかといった数値の設定は困難な場合が多く、また、現地の農家の納得感など定性的な評価は数値化自体が困難です。
過去に駆除によって絶滅した種もある、ということも考慮に入れる必要があります。生物の多様性を保全するという立場とのバランスも考えなければなりません。
一方、日本国内の限られた地域について言えば、獣害への対処に成功している事例もあります。成功例をいくつか集めてみると、共通していたのは、地域の中に強力なリーダーシップをとる人が存在し、様々な立場の人々をまとめていた、ということでした。しかし、いったんうまくいったとしてもその状況を維持するのが難しい、という問題もあります。獣害問題が顕著な状況下では多くのコストをかけることができますが、いったんゼロになってしまうと、維持するためのコストやモチベーションが下がってしまい、結果的にまた獣害が増えてしまった、という場合もあります。
1日目は、まず、大谷先生より、以上のような多角的な観点からの問題提起がありました。その上で1日目のディスカッションのテーマが提示されました。
1日目の課題は、「奈良市におけるシカ駆除について」。
奈良では、シカは神様の使いとして古くから大切にされてきました。シカが存在することによる観光地としてのメリットがあるのに対し、農業従事者によるシカの農業被害に対しての改善要求は非常に強いものがあります。
受講生たちは、2つのグループに分かれてディスカッションを行いました。今回はグループとしてシカの駆除を支持するべきか、それとも反対すべきかの賛否の立場を必ずしも表明する必要はなく、賛否を決定させるために必要な情報を洗い出すことを目的としました。
約3時間のディスカッションを経て、グループごとに発表が行われました。
一つ目のグループは、奈良のシカの歴史的な背景や、シカが実際に観光業にどのような影響を与えているのか、周辺の神社や動物愛護団体がどのような反応を示しているのかについて調べ、まとめました。また、シカの駆除を行うにしてもどのように駆除を行うか、その方法について検討する余地があるのではないか、ということについてもプレゼンテーションの中で問いかけました。
もう一方のグループは、シカの保護区域を基準に対応方法を考えました。シカの頭数制限は必要という立場に立ち、この部分では駆除は必要、この部分では駆除は必要ない、という判断基準を設けることを目指し、情報を収集し検討しました。
受講生たちのプレゼンテーションに対し、大谷先生からは、短時間であったにもかかわらず、情報が広く集められ、まとめられていることについて評価がありました。一方、どちらのグループも本課題に関係する人々を比較的狭く考えてしまっていることを指摘し、より広い範囲で考える必要があるとコメントしました。また、シカを駆除することが本当に獣害被害減少につながるのか、保護区域は人間が決めたものでありシカが移動してしまうことについてどう考えるのか、といったことについても問題提起がなされました。
2日目は丸一日をかけてグループディスカッションに取り組みました。
2日目のテーマは、「大阪府のサルについて」。
先進国の中で、サルが人の居住地域近くに生息しているという状況は日本特有の事情です。他の先進国はサルを駆除する必要がないという状況において、もしサルを駆除するという判断をするならば、なぜそれが必要なのかを地域内外に対し説明する必要が出てきます。箕面のサルは天然記念物に指定されているということも考慮に入れる必要があります。
農作物への被害があると同時に、人がサルから攻撃されたり、サルによって住居を荒らされたりするかもしれないという住民の心理的な不安という被害もあります。一方、シカなどの他の動物に比べてサルの駆除には多大な費用がかかるという側面もあります。
また、地域住民の中には関心の濃淡があります。サルによる被害を受けたことがない、被害があることも知らないという人も存在するのです。なんらかの行政判断をする場合、関心が低い人々に対してどのように働きかけて理解を得るか、ということも重要になります。
2日目は、自分たちの立場を決め、主張を定めた上で、誰にどのように働きかけるかを考えました。グループごとに働きかける対象を定め、そのインサイトを考える、ということにも取り組みました。
一つ目のグループは、サルの駆除は必要だという立場をとりました。そして、動物愛護団体と、住民の中でもこの問題についてよく知らないという層に対してどのように働きかけ理解を得るか、についてまとめました。愛護団体や住民の納得感を得るために、サルと人間が共生できる個体数とは一体どのくらいなのかということについて事前調査を行う必要があると主張しました。
もう一つのグループは、サルの駆除はせず、柵の設置などによってサルの生息地を限定する、という方法を考えました。必要なコストを捻出するために、地域住民や国にどのように働きかけ世論を動かすか、について検討し、サルによる被害状況に関する情報を積極的に発信することの重要性について主張しました。
大谷先生からは、二つのグループのプレゼンテーションに対し、対象者を決めてそれにあった働きかけ方を検討したことに対する評価がありました。一方、それぞれのインサイトについてより深く考えた上で対策に結びつけて欲しかった、という投げかけもなされ、そのために具体的にどうすれば良かったのか、ということについてさらにディスカッションが行われました。
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受講生たちが集中してディスカッションに取り組む表情が印象的でした。受講生たちは、これまでに学んできたシステム思考や課題解決思考を実践的に活用するこの授業において、さまざまな気づきを得たに違いありません。
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(書き手:森川優子 COデザインセンター特任研究員)