大阪大学
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INTERVIEW

卒業生インタビュー

2018年1月10日(水) 公開

哲学者・カフェフィロ副代表
松川 絵里さん インタビュー
哲学者として生きていく

 COデザインセンターで様々に展開される授業や活動。それらに関わった方々が、その後どのように歩みを進めるのか。卒業生の方々にインタビューするシリーズです。
 今回は、松川 絵里 さん(哲学者・カフェフィロ副代表)にお話を伺いました。

(聞き手:水町 衣里/大阪大学COデザインセンター特任助教)

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松川 絵里 さん

哲学者・カフェフィロ副代表
カフェフィロのホームページはこちら
松川さんのブログ「まつかわえりのてつがく日記」はこちら


大阪大学大学院文学研究科博士後期課程単位取得退学。学生時代より哲学カフェの活動をはじめ、2005年大阪大学臨床哲学研究室のメンバーを中心に、哲学対話を実践・サポートする団体「カフェフィロ」を設立。2014年4月から2016年3月まで代表を務める。
大阪大学コミュニケーションデザイン・センター特任研究員(2010年8月〜2016年3月)を経て、現在は岡山を中心に、カフェ、地域のコミュニティスペース、介護施設、障害者支援施設、病院などで哲学カフェや対話セミナーのファシリテーターを務める。

主著『哲学カフェのつくりかた』(大阪大学出版会)
共訳書『中学生からの対話する哲学教室』(玉川大学出版部)


地域の中に溶け込んで

水町:
松川さんは、岡山を拠点に、数多くの哲学カフェを実施されているのですね。

松川さん:
最初はボランティアで哲学カフェをしていました。そうしているうちに参加された方やその紹介で「うちの職場でもやってほしい」「うちの福祉施設でできますか?」と、様々なご依頼をいただくようになりました。今年(2017年)は約100回の哲学対話を行いました。

水町:
100回というと、3日に1回のペースということですね。

松川さん:
そうですね。岡山だけではなく、広島や山陰、四国などにも出張して、ご依頼に応じた場所、参加者、テーマで哲学カフェや哲学対話を行っています。立場や経験に関係なく、対等に皆で話して一緒に考える、ということにチャレンジしています。自分の「当たり前」を見つめなおす、一人で孤独に抱えるのではなく皆と問題を共有する。そのことがエンパワメントにつながるようで、予想以上のニーズや手応えを感じています。

水町:
なぜそこまで活動が広がったのでしょうか。

松川さん:
口コミが大きいですね。哲学カフェが何をするものなのかはよく分からなくても、「あの人のおススメなら」ということで参加してくださる方もいらっしゃいます。私は、事務所などの自前の場所は持たず、依頼された場所にお邪魔して哲学カフェを行う、というスタイルをとっています。岡山に結構面白い場所がたくさんあるので、結果的にこれは正解だったと思います。参加者同士の交流が生まれやすいのです。依頼者同士で私のスケジュールを把握して、「向こう企画の候補日無くなったでしょう?こっちでお願いしたい企画があるから」と、調整してくださったりすることもあるくらいです。
 私自身も、岡山で人とのつながりを感じる暮らしをしています。岡山は初めのうちは夫一人しか知っている人がいない土地だったのですが、今はじんわりと知り合いが広がりました。小さな街なので、プライベートで参加された方が「職場でもお願いしたい」とご依頼くださったり、仕事で知り合った施設にオフの日も遊びに行ったりと、公私が分断されないところも、私の性格には合っているようで、仕事にもプラスになっています。

水町:
地域に根ざして、継続的な「仕事」として哲学カフェに取り組もうとしているのですね。

松川さん:
ボランティア前提で声をかけていただくこともあるのですが、いかにお仕事として認めてもらうか、ということを考えつつ取り組んでいます。


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<哲学カフェを進行する松川さん。岡山だけでなく、大阪、徳島、広島など各地から依頼があるそうです。>

「好きなこと」を見つけて

水町:
松川さんが哲学と出会ったのはいつだったのですか?

松川さん:
中学2年生の時、父親の本棚の新書を片っ端から読んだ時期がありました。その中の『哲学入門』という本を読んだとき、「あ、これだ!」と思ったのです。小学生くらいの頃から、たとえば国語の教科書で「蜂が見えている色は人間とは違う」という話を読んだりすると、「いやいや、そもそも人間同士も同じ色が見えているかどうかなんてわからないよ。同じかどうかなんて、言葉のレベルでしか確かめられないじゃないか。」なんてことを考えることが好きな子どもでした。

水町:
それで阪大の哲学に進まれたのですね。

松川さん:
文学研究科の倫理学・臨床哲学研究室で博士後期課程まで進みました。ただ、論文、つまり、専門家を対象に専門知識や専門用語を使って自説を主張するということに全く向いてなくて。哲学はとても好きだったのですけれどね。
 哲学カフェをしていると、どんな人の中にも、まだ発見されていない面白い思考がたくさん埋まっていることがわかります。そして、その存在や可能性に、他者だけでなく、その思考の持ち主自身も気づいていなかったりする。哲学対話とは、いわば、そうした思考の「発掘作業」です。相手の話に耳を傾け、疑問を投げかけ、自分自身の言葉で答えていくうちに、「こんな考え方があったんだ」、「正反対の意見の奥に、こんな共通点があったんだ」と明らかになっていく。そしてそのなかで、「常識」や「正しい」と思われていた理論が綻びを見せることがあります。私はそうした、理論と現実のギャップに、今同じ社会に生きている人と向き合いたいという気持ちが強いのだと思います。哲学カフェの参加者の方も、その「発掘作業」をしているのを一緒に楽しんでくださっていると感じています。


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<広島県尾道市のantenna Coffee Houseさんでの哲学カフェの様子。>

水町:
阪大で経験されたことで、特に印象に残っていることはありますか。

松川さん:
COデザインセンターの前身、コミュニケーションデザイン・センターで経験した平田オリザさんの授業が印象に残っています。小道具だったり身体の位置だったりというほんの小さな仕掛けによって、大きくその場の状況が変わる、ということを体感しました。それまでは、デザインって、意図通りに機能するよう仕組みを作りあげることだと思っていたのですが、実はそうではないのですね。何が起こるかわからないけれど、何かが起こりやすい状況をつくる、それもデザインであり、演出なのだと知りました。いかに話しやすくする仕掛け、あるいは上下が生じにくくする仕掛けを作るか。今、哲学カフェを企画・進行する上でも、「演出」という観点は考えるヒントとなっています。
 哲学カフェの進行役はあまり出しゃばらず、自分の体験や意見は話さず、参加者の皆さんの主体性を引き出すことに徹するというタイプが多いのですが、私はあえて自分自身の意見や経験を話すこともあります。「ここぞ」と思って発言したことが参加者の関心にヒットせず、空振りに終わることも多いのですが、それでよいのだと思うようになりました。「そんな身近な経験でもいいなら、私にも話せそう」、「話の流れを気にせず、自分が思ったことを話していいんだ」と参加者の皆さんが話しやすくなるなら、それも演出の一つです。
 また、参加者の方が深刻な悩みを抱えている場合、ご自身の悩みを人前で言うことに躊躇されることもあります。そんなときは、私が似た悩みや経験を話すことが、間接的にですが、参加者ご自身の悩みについても考える機会になればと思っています。


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周りの支えを得て、自分ができることを積み重ねていく

水町:
コミュニケーションデザイン・センターで経験されたことが、哲学カフェに生きているのですね。

松川さん:
哲学カフェをやっていくにあたって、私一人の力でここまできたわけではなくて、「松川さんに哲学カフェをやってほしい」という人がいて、それならできますよ、と、続けることができました。多分、職場で「哲学カフェをしたい」というと、周りの人に「何、それ?」と言われると思うのです。それでも何とか企画をとおして下さって「松川さん、来てください」と言ってくださいます。ですから、「1回のチャンス」をすごく大事にしています。次も呼ばれるか、もう呼ばれないか、そこで決まりますから。事前準備は丁寧にやります。事前にどのような人が参加しそうか、どのようなことに関心がありそうか、「ちょっとこれは話しにくいだろうな」ということは何なのか、すごく考えます。当日はもちろん全て思い通りにはいかないけれど、自分の気持ちをほぐしておいたり、心の準備をしておいたり、ということはやります。
 この活動を始めた最初の頃、哲学という分野は研究者になるしかやっていく道がないとよく言われました。当初は無謀だと言われたけれども、少しずつ、理解してくれる人や応援してくれる人がいて、それを積み重ねてきて今があると思っています。


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<2017年9月1日に行われた梅田蔦屋書店での「著者と話そう『哲学カフェのつくりかた』でご著書にサインする松川さん。
トークイベントは即日満席でした。>

水町:
ひとつひとつの積み重ねなのですね。

松川さん:
私がやるべきことは私が決めることではないのだな、と思うようになりました。哲学という専門知がさまざまな領域でどのように役立つのか、専門外の人々に出会い、ともに試行錯誤しながら一つ一つのニーズに応えていくことで、少しずつ見えてきました。
 また、阪大在学中、色々な先生に接する機会があり、多様な働き方をしている方がいらっしゃるのだなと思いました。それも自分自身の働き方を考える一つのヒントになっています。全てを完璧にできなくても、「この分野は絶対にこの人でなければ」と周りの人が思うくらいの魅力があれば、サポートをしてもらうことができる、ということを知りました。
 臨床哲学の先生にも、コミュニケーションデザイン・センターの先生にも、「あなた自身ができることを探しなさい」と言われました。私もまだ、何をどこまでやらなければいけないか、どこまでできるようになるべきか、揺れ動いていますが、今後も、周りの人との交流のなかで、自分らしい哲学のあり方を探求していこうと思います。

※ 所属、担当はインタビュー(2017年9月)時点のもの。

(書き手:森川 優子/大阪大学COデザインセンター特任研究員)

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