大阪大学
「人間」になる?!あなたの問いを、より深く根下ろさせるための土づくりを、丹念に
CO

DIALOGUE

対談

2017年4月 6日(木) 公開

学部高学年・大学院生の皆さんへのメッセージ
「人間」になる?!あなたの問いを、より深く根下ろさせるための土づくりを、丹念に
本間 直樹 / ほんま なほ × 八木 絵香

 大阪大学は、高等教育における新しい教育の目標として<高度汎用力>の育成を掲げています。COデザインセンターは人をつなぎ、知識をつなぎながら、ともに創出する力を身につけるための学部・研究科横断型の新しい高度教養・高度汎用力育成プログラムの研究開発と教育にあたっています。

 COデザインセンターは、2017年度より、「コミュニケーションデザイン科目」と「COデザイン科目」を提供します。

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 「コミュニケーションデザイン科目」は、対話することを通して、課題を発見し、ともにその解決をめざし、社会のなかで実践するための基礎的な教育プログラムとして学部高学年から大学院博士前期課程を対象に開講されています。

 また、「CO(コ)デザイン科目」は、さまざまな現実の社会課題の解決をめざしたアドバンスト・プログラムとして、より系統的に社会実践力を修養するための科目群として大学院学生を対象に開かれています。

 今回は、これら科目の設置目的やその背景について、お話を伺いました。

本間 直樹 / ほんま なほ

臨床哲学
大阪大学COデザインセンター 准教授・教務室長

八木 絵香

科学技術社会論・ヒューマンファクター研究
大阪大学COデザインセンター 准教授・広報室長


専門領域をこれから学び始める学生に向けて、用意すべき学びの場とは

八木--
25年前に約25%だった大学進学率は、平成27(2015)年には約50%と倍増し【※1】、これからの大学教育では、専門基礎を固めるだけでなく、社会で活躍するための様々な力を育成することが求められています。また、修士、博士号取得者が社会で専門知識を活かした高度な職業人として社会を牽引することも期待されています。つまり、学部から大学院を通した一貫した社会実践力が養われる学修カリキュラムが必要となっています。そのような流れの中で今回、COデザインセンターでは科目を新設・改定することになり、新しい「術」という概念が導入されました。これは、具体的にはどのような考え方なのでしょうか。

本間--
COデザインセンターでは、他者とともに活動するときの基本となる術として「訪問術」「対話術」「表現術」「協働術」の4つを掲げます【※2 】。これらは知識や頭脳だけでなく人間の身体の活動を軸とした術です。これに、さまざまな社会領域や専門分野に関わっていけるための「横断術」「総合術」が加わります。
 背景として、私たちはまず、「幅広い教養」vs「確かな専門知識」という図式から自由になることが必要だと考えたことがあります。大学の歴史を振り返ってみて参考になる考え方の一つが、中世の大学に起源をもつ「リベラル・アーツ」です【※ 3 】。これは知識や教養である以前に、思考し、表現するための「アーツ( 術)」であり、これを現代の社会で蘇らせるならばどうなるか、ということを考えました。

八木--
一方で「そんなことは大学や大学院に入る前にやっておくべきことではないか」という声もでてきそうですね。

本間--
社会や専門知識が複雑化するなか、身体に基づく知が高等教育のなかに核としておかれることが私は重要だと考えています。例えば、「フィールドワーク」や「調査」という学問の枠組みから出発するのではなく、初めてであう人たちや場所のなかでじぶんが何者として迎え入れられ、あるいは排除されるのか、そうしたことを通してどのように関係をむすんでいくのかは「研究者」である以前に大切なことです。メールや文書でアポをとっておわり、じゃないですよね。訪問術ではそういうことからちゃんと学んでほしい。対話術においても、「アイスブレーキング」とか表面的なコミュニケーションのスキルだけではなく、ひとつの場所でからだを向かい合わせて、たがいに関心をもち、相手に質問して相手の言いたいことを理解するためにまた質問するという問答を繰り返す。そんな経験を積み重ねることがCOデザインセンターの提供する授業のなかに埋めこまれています。
 私は対話を小学生たちともしています。人間なら誰でもできることをコツコツ磨いていくことがアーツであり、そこにこそ普遍性の基盤があるのです。人間の経験とは層をなしていて、大学生・大学院生として専門知識を修得しながら、基層となる対話を継続して学びつづけることも重要であると考えています。COデザインセンターでは、学習者が望めば数年間かけて継続的に経験を積み重ねていけるようなカリキュラムが用意されていて、ひとりひとりが違った「経験のストーリー」を自らデザインできるのです。


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<COデザインセンターに新たにつくられたスタジオ。こちらでも多様な学びが展開されます。>


多様な経験を「土壌」にして、はじめてスキルが育つ

八木--
そういった授業では対話や協働の場を作る「スキル」が身につくことが目的ですか?

本間--
「スキル」とは抽象化され、個人化された機能であり指標だと私は考えています。しかし現実の社会生活では、たった一人で何かを成し遂げることは極めて稀なことで、他者との関係のなかで具体的に何かを担っているわけです。何かの場面を後で振り返ったときに、結果として「じぶんはこういうスキルが発揮できた」と見えてくるものです。その指標はどんなことができたかというチェック項目としては使えるでしょう。しかし、スキルが発揮されるためには、まずそれが育つための「土壌」が必要となる。


振り返り(リフレクション)が経験を深化させ、自分を知る時間となる

八木--
単に「経験させて終わり」ではいけないわけですよね。経験し、その場面を振り返り、自分の言葉として言語化することが非常に重要になる。その基礎となる学びが、COデザインセンターで提供される授業プログラムのひとつになるというイメージでしょうか。

本間--
そうですね。やってみるだけでなく「経験の組み替え」「経験の深化」を促す環境を用意することが、重要になります。学生たちを見ていると、与えられた枠組みのなかで与えられた課題をこなすことには非常に長けている。しかし一方で、自身の経験を能動的に変化、深化させ、それをもとに既存の枠組みを変更する力を伸ばす必要もあると考えています。
 そしてもうひとつ重要なことは学習が「他者と協働する経験」であるということです。だからこそセンターの名称の中心に「CO」が入っている。日本語で言うと「ともに」ということです。他者との関係を「役割」や「地位」といった固定的なもの、階層的なものとして捉えるのではなく、ケアする、協働する、支えあうという動的な結びつきとして経験することが社会で実践をつづけていくための大きな軸となるはずです。

八木--
なるほど。「支えあう」だと、協働の結果として、みんなが同じものに到達しなくてもよいわけですね。同じ目標や同じものに到達するのではなく、凸凹があってもいい。そういう経験や振り返りが積み重なり、各々が「自分が今やっていることは何なのか」ということを、全体の中で距離や位置取りをしながら考えて行動するようになる。そして、全体をうまくネットワークしながら動かしていく-そんな能力が身につくのかもしれません。結果的に自分自身を理解する時間になり、自分を他者に理解してもらう機会にもなりますね。
 大学を卒業してから待っているのは「今やっていることは何なのかと問い続け、他者と協働しながら、社会の課題に対峙していく世界」ですから、そういう意味でも社会人・研究者になる前の通過点としては、必要な時間なのだと思います。


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<ときには、大学の外に出かけて学ぶことも。>

人間の身体サイズをはるかに超え始めた知識や技術を「人間のために取り戻す」

本間--
短期的に解決できる課題も社会には多々あります。しかし私が関わっている医療や看護、教育の分野は、そんなにすぐに課題解決できるわけでもないし、短期的な解決がさらに問題を増やしてしまうこともある。全体で問題を見極めるということに、相当な時間を費やすことになります。センターで提供していくPBL【※ 4】の課題設定も、短期から超長期まで幅広い時間軸での設定が可能になる。その課題設定の幅広さは、「大学」という場所だからこそできるのだとも思うのです。

八木--
社会の中の課題群を見たときに、解決への時間軸の設定もそうですが、そもそも科学技術や知識そのものが人間のサイズ感を超えつつあるという議論もあります。
 さまざまな科学技術研究の萌芽期には、これは「人間のサイズ感」を超えている科学技術だという感覚というか、その科学技術に対する畏怖の念があったはずだと思うのです。一方で科学技術に関わる専門家は、「これ( 対象とする科学技術)は、人間がコントロールできるものなのだ」と思いこまないと扱えないという言い方をしたりします。たしかにそのような側面はあるかもしれません。しかし、科学技術に対して畏怖の念や敬虔さをもって対峙すべきだと思うのです。苦しさを伴うけれど、科学技術に対するコントロール感と畏怖の念の両方のバランスが必要というか。

本間--
科学技術や知識はもともと人間に与えられていた諸条件を超え、人間をはるかに凌駕する広範な領域へと拡大してしまった。「脱人間化」してしまったわけです。もちろんそれはそれで、社会のある部分に一定の利益ももたらしてはきたが、私たちすべてがその上では生きてはいけないわけです。それをもう一度「人間のために取り戻す」、「再人間化」することが、知識と技術の拠点である大学には求められているのではないでしょうか。ともすれば脱人間化してしまいがちな私たちが「人間になる、とはどういうことか」を問う必要がある。この根源的な問いを見失うと、科学技術も医療の問題も、どこまでも外に向かうばかりですね。この遠心力から私たちを引き留めるものは何か、その求心力が必要になっているのだと感じています。
 研究者になるにせよ、社会人になるにせよ、10年20年単位で結果が見えないものに向かい行動する場面が出てくるでしょう。その時にじぶん自身の根を見失わないために、土壌としての経験を提供できるセンターでありたいと考えているのです。
 ここでお話しした内容は、これからの大阪大学での学びを変えていこうとする第一歩です。教育プログラムは段階的に改訂する予定です。適宜ウェブサイトやSNSを通じて、そのプロセスも発信していきたいと考えています。

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<大学の外で多様な背景を持つひとびとと積極的に対話の機会をつくっているのも、COデザインセンターの特徴です。>


【※ 1】1990年、2015年の文部科学省学校基本調査より。過年度卒を含む大学( 学部)進学率。1990年24.6%、492,340人。2015年51.5%、617,507人。

【※2】基本の4つの術のうち、表現術は言語・記号表現に関わる「リテラシー」と身体の感性に関わる感性表現の二つに分けられる。

【※3】神学や法律など専門的な学問を修めようとする人たちは、3つの学( 文法学・修辞学・論理学)と4つの術( 算術・幾何学・天文学・音楽)、つまり7つのアーツ= 自由七芸=リベラル・アーツを習得した。

【※4】PBL(Project Based Learning) 「プロジェクトを基にした学習」のこと。学生は、授業の中で与えられたプロジェクト(課題)にチームで取り組む。

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