大阪大学
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INTERVIEW

卒業生インタビュー

2016年12月31日(土) 公開

大阪大学大学院工学研究科 助教
松尾 智仁さん インタビュー
3.11直後「科学のあり方」に関心を持った時、STiPSと出会った

 COデザインセンターで様々に展開される授業や活動。それらに関わった方々が、その後どのように歩みを進めるのか。卒業生の方々にインタビューするシリーズです。
 今回は、2016年11月に大阪大学大学院工学研究科 助教に着任されたばかりの松尾智仁さんにお話を伺いました。

(聞き手:水町 衣里/大阪大学COデザインセンター特任助教)

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松尾 智仁さん

大阪大学大学院工学研究科環境・エネルギー工学専攻 助教(2016年11月〜)
大阪大学大学院工学研究科環境・エネルギー工学専攻 博士後期課程 修了
副専攻プログラム「公共圏における科学技術政策(STiPS)」(※1) 修了


自分が講義を持つとき、どうデザインするか。選択肢が広がった

水町:
助教になられてまだ日が浅いということですが、何か「ああ、STiPSを取っていてよかったな」というようなことはありますか。


松尾さん:
私は研究の中で、空調機器のある室内空間の流れのシミュレーションなどを行うので、空調メーカーさんと共同研究をすることもあります。企業の方は私とは違うところに立って違うものを見ているので、そういった「自分と異なる立場の人」とのコミュニケーションはやりやすくなった、と感じます。何を言おうとしているのかわかりやすくなる、というか。


水町:
違う視点を持つ人の話をちゃんと聞いて話すことができる、ということでしょうか。それはSTiPSの講義の中でいろいろな人とディスカッションをしたから、ということなのでしょうか。


松尾さん:
そうですね、物の見え方が人によって違うということをSTiPSの講義の中で学んだと思います。あと、講義のスタイルが工学部とSTiPSで全く違っていたのが印象的でした。もちろん、講義のスタイルはそれを行う教員にも依存すると思うのですけれども。今後自分が講義を持つときに、講義をどのようにデザインするか、というところは参考にしようと思いました。


水町:
FD(※2)的な捉え方ですね。工学部とSTiPSではそんなにスタイルが違っていましたか。


松尾さん:
学部と院でも若干違うのですが、私が大学院時代を過ごした環境・エネルギー工学専攻では、教科書が無い講義が多かったと思います。先生は、自分で作ったハンドアウトやパワーポイントなどを資料にして話します。ときどき、「これ知っている?」という感じに学生をあてる先生はいましたが、あまり双方向的ではなかったですね。STiPSの講義では、そもそもパワーポイントを使わない先生がいたり、学生と教員、あるいは学生同士での議論を行ったりする。そういう講義の方法もあるのだな、と思いました。


水町:
いろいろな授業スタイルがあるということを知っているだけでも、選択肢が広がって良いのかもしれないですね。


松尾さん:
ただ、学生に任せる部分が大きくなると、そこは不確実性が増しますよね。講義中に学生をあてたとして、どんな返事が返ってくるかわからないし、学生が返答に困って黙り込んでしまうと、そのあいだ講義が止まってしまいます。教壇に立つ側になると、学生に話を振るのは難しい、というのは確かにあると思います。学生同士のディスカッション型の講義も、議論に参加する学生の知識レベルにはばらつきがあるかもしれない。はっきりとした答えが存在しないテーマについてディスカッションする場合、最終的に「われわれのグループは、話し合った結果、こういう結論に至りました」と言ったときに、その結論に十分に説得力があるかどうか、吟味されない場合もあります。もし結論に事実関係の誤りなどが含まれていても、その誤りが指摘されないこともありますよね。


水町:
それはディスカッションの目的やスタイルにもよるのかもしれないですね。講義を提供する側である私たちも、もう少し言語化する努力をしなければいけないのですが、ディスカッション型の講義の目的も、「論理的に話すことができるようになる」とか、「人の話を聴くことができるようになる」とか、「価値観の多様性に気づくようになる」とか、いくつか普遍的なものがあるはず。STiPSを受講する学生の皆さんは優秀なので、何となくこちら側の意図を察知して議論を進めてくれるのですけれども、私たちがもう少しはっきりと講義の目的を明示しなければ、と考えるようになりました。


松尾さん:
以前、八木絵香先生(※3)の講義のTAをやらせてもらいました。5、6人のグループでディスカッションする形式で、その講義に参加している学生はもともと全員が顔見知りでした。あるグループの中にすごく弁の立つタイプの学生がいて、ディスカッションの中で自分の意見をガーっと話し、反論されたらその反論の3倍くらい、さらにガーっと話す。そうすると、周りの学生もその学生の性格を知っているので、初めからその学生の意見には反論しない。そのため、そのグループの議論は一人の弁の立つ学生の意見にかなり引っ張られてしまう。それはディスカッションのあり方として良くないのかもしれないな、と感じました。そのため、そのように場を支配してしまうタイプの参加者がいたときに、どのようにその場を収めるのか、その方法論みたいなものが必要ではないか、と思いました。TAや教員がそこに介入して議論をかく乱すべきだったのか、それとも空気を読んで反論を控える周りの学生に発破をかけるべきだったのか、あるいは場を支配するタイプの人の発言をある程度制限するべきだったのか。建設的なディスカッションを行うための方法論があると良いな、と思いました。


水町:
そういう時に、「今日はこういうことを学んでほしくてディスカッションをしてもらっているのだ」というものがあれば、どこまで介入するのかも、もう少し判断できますね。


松尾さん:
そうですね。具体的な目的などがあると、指導も行いやすいように思います。


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STiPSに自ら興味を持ち受けてみようという学生がいたら、応援したい

水町:
ご自身の研究室に所属する学生に「STiPSのようなプログラムを受けてみたら」と勧めますか?


松尾さん:
あえて勧めたりはしていないです。興味があるなら受けてみればいいと思いますし、そうでないなら無理に受講することもないかなと。私はSTiPSの講義を受けて楽しかったし、勉強になったと思いますが、それは私の興味がSTiPSのカリキュラムに一致していたからだと思います。


水町:
そもそも、松尾さんはなぜSTiPSを取ろうと思ったのですか。


松尾さん:
私が学部4年生になり、配属される研究室を決めたのは2011年の春です。つまり、3.11の直後でした。私は環境・エネルギー工学専攻に所属していました。環境・エネルギー工学専攻というのは、もともと環境工学専攻と原子力工学専攻が統合されてできた専攻ですから、当然原子力も扱っています。そのため、3.11に伴って発生した福島第一原子力発電所の事故というのは、非常に身近な分野での事故だったわけです。自分にとって身近な分野であれだけ大きく報道される事故が起こってしまったので、研究室配属を含め、自分が今後どういう分野に進むのか、ということを真剣に考えました。原発事故の報道を見ている中で、科学のあり方のようなところに関心を持ち、たまたま書店で手に取った本が『科学は誰のものか』という平川先生(※4)の新書でした。その後、著者である平川先生が大阪大学の所属だということを知り、平川先生の講義を聴講できないかと調べてみました。そこで見つけたのがSTiPSです。


水町:
平川さんがきっかけだったのですね。


松尾さん:
そうです。せっかく受けに行くのだから、ということで、高度副プログラムのカリキュラムを取りました。その後、同じような内容の副専攻ができると聞いたので、そちらも取って、という感じでした。


水町:
松尾さんご自身も、誰かに勧められてSTiPSを受講したのではないのですね。


松尾さん:
そうですね。個人的な興味からスタートして、STiPSに行き当たった、という形です。ですから、人に勧めるというのは少し躊躇するところがあるかもしれません。


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STiPSのプログラムは、主に博士前期課程の学生を対象にしていますが、博士前期課程の学生って、実はかなり忙しいのですよね。まずは主専攻の自分の研究を進めなければいけないですし、多くの人は研究に加えて就職活動も行っています。それに加えてSTiPSなどの副専攻プログラムを受講するには、相当なモチベーションが必要だと思います。その点でいうと、私は進学予定だったので就職活動はしておらず、代わりに研究者として身を立てるための勉強をしていましたから、条件が違いますね。

いま、環境・エネルギー工学専攻には一学年90名~100名くらいの学生が在籍していますが、そのうち90%以上は博士前期課程を修了後、就職しています。ドクターコースに進む人は、10%に届きません。そうすると、その90%の人は私と同じことをする必要はありません。私は就職活動をしなかったので、その分の時間をずっと研究に使っていましたけれど、就職するつもりの人がそれと同じことをしたら就職に失敗してしまうかもしれない。だから私と同じことをしろとはなかなか言えないですね。主専攻の研究についてでさえそう考えているので、ましてや副専攻のために時間を取れ、とは言うことは難しい。でももし、何か興味があって、受けよう思うという学生がいたら...。


水町:
応援はする。自分で言い始めたら応援はするけれど、強烈に行けとか、強烈にお勧めする、というものではないのですね。


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「研究の方法論」や「理論的なものの考え方」を学生たちに伝えられたら

松尾さん:
私としては、特に今は教員の立場ですから、学生にはまずはしっかり研究をして、質の高い卒業論文、修士論文を書いてほしいと思っています。一方で、学生の側としては、本人の進学や就職にとって役に立つ勉強をしたい、と思っているでしょう。それが副専攻であるなら、もちろんサポートしたいと思います。

大学の使命は、教育、研究と社会貢献ですから、社会で活躍できる人を育てるのは重要な役割だと思います。そして、社会での活躍の仕方にはいろいろあると思います。大学で学んだ専門性を生かした職種を選ぶ人、例えば環境・エネルギー工学専攻を出て環境コンサルタント会社に就職するような人もいますが、そういう道を選ばない人もいます。メーカーに就職して営業職になる人もいますし、私の同級生には任天堂でデザイナーになった人もいます。そのように専門性と就職先が異なる場合には、研究室で書いた修士論文のクオリティはその人の将来の仕事に直結しないのですよね。そんな人に、「良い修士論文を書くことがあなたのためである」とは、必ずしも言えない。一方で、大学は研究機関でもありますから、研究活動もしっかり行わなければいけない。

そういう意味では、研究指導にしても、ある程度スキルを一般化して教えられたら、お互いハッピーになれるのかな、という気はします。この方程式がどう、この実験がどう、という話ではなくて、研究の方法論や論理的なものの考え方みたいなところから教えるとか、そういうことが必要なのかもしれないと感じています。


水町:
先日のナレッジキャピタル超学校(※5)で、ビーサイズ株式会社の八木さん(※6)にお話を伺ったのです。阪大の電子工学専攻のご出身で、電気の勉強をしながら、将来はものづくりをしたかったから自分の専攻ではない講義もたくさん取っていたそうです。さらに独学でデザインを勉強もしていた。そもそも目的があったから、自分で大学の中に転がっているコンテンツをデザインできたのですよね。八木さんがおっしゃっていたのは、「修士論文を1本書くという『何かを1つ成し遂げる』という経験は、僕にはすごく活きました」ということ。「失敗した。あれも駄目だった、これも駄目だったけれど、最後にはできた!」という経験は、後に活きてくるとおっしゃっていました。「何かの課題を解決する時には、こういう手順がある」というようなことを学ぶ機会、と捉えることができたら良いですね。


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<研究室での松尾さん。多くの時間を学生とともに過ごしておられるそうです。>


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期せずして、「教員同士の本音トーク」の色合いを帯びた対談となりました。

「あえてSTiPSを勧めることはしていない」とおっしゃる松尾さんの言葉の背後に、深いお考えを感じました。それと同時に、いつか、松尾さんの研究室の学生の方がSTiPSの受講を希望されることがあったらいいな、と思いました。

※ 所属、担当はインタビュー(2016年11月)時点のもの。

※1)副専攻プログラム「公共圏における科学技術政策(STiPS)」:

「科学技術の倫理的・法的・社会的問題(ELSI)に関する研究を基盤として公共的関与の活動と分析を行い、学問諸分野間ならびに学問と政策・社会の間を「つなぐ」ことを通じて政策形成に寄与できる人材」の育成を目指すプログラム。自らの専門分野の枠組みを超えて、広く俯瞰的・多角的に科学技術と社会の諸問題・課題を洞察・理解し、かつ公共的関与の活動と分析を行えるような知識とセンス、実践的な能力を備えた人材を育成している。

※2)FD:
Faculty Development。大学教員の教育・運営能力を高めるための実践力の能力開発のこと。

※3)八木 絵香:
大阪大学准教授。専門は科学技術社会論・ヒューマンファクター研究。主な著書に『対話の場をデザインするー科学技術と社会のあいだをつなぐということ』(大阪大学出版会、2009年)。

※4)平川 秀幸:
大阪大学教授。専門は科学技術社会論(科学技術ガバナンス論、市民参加論)。『科学は誰のものか―社会の側から問い直す』(日本放送出版協会、2010年)著者。

※5)ナレッジキャピタル超学校〜対話で創るこれからの「大学」〜:
ナレッジキャピタルで2016年10月にスタートしたシリーズ。大学の重要なミッションのひとつである教育に焦点をあて、分断した「知」をつなぎ、社会に実装する力「高度汎用力」とは何か?その力はどのように培われていくのか?ということについて、参加者と一緒に考えることをテーマとする。
1回目から4回目までは、「COデザインセンターの教員×社会の中で新しい価値をつくり出している実践者」の対談を予定し、「高度汎用力」教育のより具体的な姿について考える。
5回目以降は、私たちが考える「高度汎用力」が社会で展開されている具体例、つまり、「社会の中で異なる分野・立場が持つ知恵や経験を"つなぐ"お仕事をされている方」をお招きする予定。

※6)八木啓太さん(ビーサイズ株式会社代表取締役社長):
大阪大学大学院工学研究科電子工学専攻博士前期課程修了。2007年に富士フイルム株式会社入社。機械エンジニアとして医療機器の筐体設計に従事。2011年11月、ビーサイズ株式会社設立。同年12月、LEDデスクライト『STROKE(ストローク)』を発売する。同製品はグッドデザイン賞、ドイツの「Reddot design award」を受賞。2016年11月17日ナレッジキャピタル超学校に登壇。

(書き手:森川 優子/大阪大学COデザインセンター特任研究員)

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