人類学
じんるいがく anthropology
解説:池田光穂
人類学 じんるいがく anthropology
人間を研究する学問。人類(ギリシャ語でanthropos)と学問(同じくlogos)の合成語がこの言語である。人類学が現在の学問の体勢として出発する以前から、この用語は〈人間学〉という用語と学問(=哲学)で呼ばれていたが、人類学とは別物であり、また直接の先祖というわけではない。
人間の学問(=anthropos+logos)だけあって守備範囲は広く、また専門の人類学者も若い時には全体を包括できるような視座を展開できず、また長老は最新の展開をフォローできないので、書物でなされる人類学の定義は常に古くて時代おくれのものになっている。今も昔も変わらない定義が、語源にもとづく<人間についての学問>ということに落ち着く。
北アメリカでいう文化人類学の領域には、先史考古学、言語学(副分野である言語人類学のほうがより適切だろう)、自然人類学(これが本家の「人類学」と主張する自然人類学者もいる)が含まれる(1)。
人類学の守備範囲は、その学問がどの国で発達してきたかによって微妙に異なり、民族学、民俗学、文化研究、比較文明学などさまざまな類義語がある。日本では、人類学というと自然人類学と文化人類学の2つの領域をさすことが一般的である。前者には日本人類学会、後者には日本文化人類学会という学会がある。言語人類学系の研究者が後者の研究領域に参画することもあるが、考古学は歴史研究に属していることがおおい[→日本文化人類学小史]。
かつて流行った〈異文化についての学問〉という定義も、人類学者の多くは自分の属する社会や文化の研究もおこなっており、また異文化を自文化と切り離して操作可能なものであるという前提もおかしい。異文化について洗練された議論をおこなう人類学者の書き物を読めばそれはほとんど自文化について鋭く問うたものになっているからだ。
註
(1)このご本家の米国の人類学は次第に自然人類学離れがはじまり、人文科学化という傾向が強まりつつある。
しかし米国でanthropologyと言えば、いわゆる文化人類学のことである。他方、日本では、自然人類学の研究者が早くから「人類学会」の名前を名乗っていたので――ドイツ流の人類学と民族学の区分にもとづくという歴史的理由もある――米国と日本とは状況が全く異なる。このような歴史的背景を押さえずして、どちらが本家の人類学であると偉そうには語れない。
Copyright Mitsuho Ikeda, 2000-2009