文化相対主義
Cultural relativism
解説:池田光穂
他者に対して、自己とは異なった存在であることを容認し、自分たちの価値や見解(=自文化)において問われていないことがらを問い直し、他者に対する理解と対話をめざす倫理的態度のことをいう。
この定義は、文化相対主義をそのような認識論的立場あるいは信条として、我々は受け入れるべきだという観点からなされたものである。
というのは、文化相対主義の定義は、本質的に矛盾をはらんだものであるこということを正直に述べておかねばならない。20世紀の後半になって、文化相対主義への批判やバッシング、はては理論としての無効性まで主張するものが現れた――それらの多くは文化相対主義の論理的矛盾や限界をあらかじめ先取りしておいて批判をするという不当なものである――が、これは産湯と一緒に赤子を流すといった類の暴挙であるからだ。
したがって文化相対主義を思想信条として採用する際に、正しい側面と誤った側面があることを理解しなければならない。ギアツは次のように言う。
「文化の(あるいは歴史の、と言ってもよいが)相対主義の正しさは、われわれがけっして他の民族や他の時代の想像力をあたかもわれわれ自身のものであるかのようにきちんと理解することはできないとするところにある。他方その誤りは、それゆえにわれわれはけっして真にそれを理解することなどできないとすることにある。われわれは他の民族や他の時代の想像力を十分に、少なくともわれわれ自身のものではない他のすべてのことを理解するのと同じくらいには理解することができるのだ。ただし、われわれとそれとの間に介在するおせっかいな解説の背後からみるのではなく、それをとおして見ることによってそれは可能になる」(ギアツ 1991:78)『ローカルノレッジ』
上掲の<ただし、われわれとそれとの間に介在するおせっかいな解説の背後からみるのではなく、それをとおして見ることによってそれは可能になる>という表現を通して、ギアツは何を言いたいのだろうか?
文化相対主義が、「人間の心性 human nature 」という人間のもっともしぶとい正当化の呪文に対して、いまだに有効性をたもち続けることに関する有益な議論は、ギアツ[2002](Geertz 1984)を参考にしてください。
ボアズは直接、文化相対主義という用語を使ったことがないが、彼の死後、ボアズの弟子(学生)たちにより使われ、その初出は1948年の『アメリカン・アンソロポロジスト』(ジュリアン・スチュアード「人権の表明へのコメント」)だと言われているが、私は未確認である。
【文献】
ギアツ、クリフォード 2002 「反=反相対主義」『解釈人類学と反=反相対主義』小泉潤二編訳、Pp.59-94、東京:みすず書房.
ファイヤアーベント、パウル 1992[1987]「相対主義に関するノート」『理性よ、さらば』(第1章)、植木哲也訳、法政大学出版会
Executive Board, American Anthropological Association 1947 "Statement on Human Rights" in American Anthropologist 49(4) 539-543
Steward, Julian 1948 "Comments on the Statement of Human Rights" in American Anthropologist 50(2) 351-352
以上の説明がよくわからない人は、こちらへ進んでください。
以下は応用問題あるいは派生するテーマやトピックスです。
→(反対語)自民族中心主義
→(文化相対主義への異論)
ギアツ(2002:88-90)の論文には、1982年当時に刊行されたホリスとルークスの編纂した論集に出てくる、3名の反相対主義者の議論が紹介されている。その3名とは、アーネスト・ゲルナー、ロビン・ホートン、そしてダン・スペルベルである。
しかしながら、モンテーニュはそれよりもはるか以前に、人間のもっとも普遍的な特質はその多様性にあるということを主張しているために、啓蒙的理性がおしなべて文化現象に対して反相対的な普遍主義を専横に主張するという一般化はできない。
チョムスキーのように、諸言語の多様性という事実を認めることと、普遍的文法を信じることは相矛盾しない。

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